父の泣き顔を見た日

先日、いろいろあり、そんなこんな理由もひっくるめ
早朝から北関東の実家に2時間ほどかけて帰省した
メインは墓参りである

墓参りは1年と半ぶりくらいだろうか…

書くと長くなるのだが、私ほど親不孝な人間はそういないであろう
電車乗り換えは一回、片道2時間弱なのに帰省は滅多にしない
(その理由が書ける日が来るのかどうかは定かでないが…)

母にもまともに会わず、父の運転で先祖代々のお墓に連れて行ってもらうのだが
バスで行くとなるとどのくらいかかるのだろうか…
距離が近い駅とバスの出発駅は異なり、本数も極度に少ない
時間を見ての墓参りはそうそうできるものではなく
実家の車を利用するしかないのだ

墓は栗畑に囲まれたところにどんと構えていて
畑道の向かい側に知らないところのお墓が建っていた

ただ、墓前に立ってすぐに私は実は完全に泣いていた
涙の理由は半分もわかっていない
謝罪や感謝やいろいろな想いが一気に溢れた

父はもう昔からいろいろと霊感のようなものを持ち合わせ、小さい頃から私は唖然としたり呆れたり、驚かされたり
もう慣れっこであるが
気付けば父よりそこの部分は強くなってしまったことは複雑だ

その父はが後ろから
『あー〇〇さん(私の祖父、父の父)が喜んでらーな』
よく祖父の話は出すものの、墓前では初めてだったような気がする
というか、普段の墓参りは私ひとりにしてくれるはずの父が後ろにいた
『あれ…なんでだ… なんでだよ…』
聞いたことがない声色になっていく父
『〇〇さんがこんなに喜んでるのになんでだよ…』
父が大声で泣き出した

私が生きてきた中で初めてだった
父の鳴き声を聞き、父の泣き顔を見た

ただただ何度も
『〇〇さんが「嬉しい」って言ってるのになんで俺は泣いてるんだ』

途中で父がそんなおかしな感情と自分の反応に苛立ったのか
『なんでだよ』が少し怒ってきたように聞こえた時
泣くのも止まり、もういつもの父に戻っていた
私も涙は止まっていた

あまり息子から言われるのは好きではないのだろうから黙っていた
相手(この場合は祖父)の感情が移り込んだのは父は初めてだったようだ

逆に私は昔から『感情乗っ取られ型』だったからすぐにわかった
相手の感情が流れてきてしまって、特に嬉しい時は勝手に泣いてしまうのだ
(というか、もう号泣である)
このコントロールができないとき20代後半あたりは本当に周囲に迷惑をかけたが…
まあ、居酒屋やお酒の席でも初対面の人を前に号泣していたことも数回ある

号泣する私に相手は心配して『どうしたの?どうしたの?』と言うも
『違う!喜んでるの!喜んでるのは僕じゃないけど、その人が喜んでるの!嬉しくって喜んでるの!喜んで泣いてるの!』
もうおかしな光景でしかない

そのあとお話やら交流でわかってくれる人ばかりであったのが幸いではあったが

ただ、あの時の父の泣き顔は絶対に忘れない
仮に祖父が喜んでいたことだとしても
私の中では生まれて初めて見た姿だった

まだ何も返せていない自分だが
小さくても何かを返したい想いが強くなった日だった
その数日後に父は80歳の誕生日を迎えた
私が何か返したことに自信を持てるまで、ゆっくり過ごしてほしい

感謝を込めて

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